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深尾須磨子

 深尾須磨子(ふかお・すまこ)は、兵庫県氷上郡春日町出身の女流詩人で、みずみずしい郷愁の散文集で綴った『丹波の牧歌』や詩集『斑猫(はんみょう)』『牝鶏(めんどり)の視野』『真紅の溜息』などの作者として有名です。
 須磨子は、明治21年(1888)11月に丹波の山なみにいだかれた、春日町下三井庄の元武家の荻野家に7人兄弟の末娘として生まれました。幼名を「志げ乃」といいました。 4歳で父を失い、8歳の時に仙台市の親戚の養女になるなど薄幸の幼少期をおくりました。
 京都師範学校に入学しましたが、情熱的な短歌を詠むなど当時としては派手な行動で、一時放校処分を受けたこともあります。
 明治40年(1907)、京都の菊花高等女学校を卒業したあとは小学校の教師となり、約2年の教員生活を経て明治45年(1912)には24歳で京都帝国大学工学部在学中の深尾贇之丞と結婚しました。
 しかし、8年後には鉄道省技師となった最愛の夫と死別し、悲しみのなかで夫の遺稿、詩集「天の鍵」の出版しようとして与謝野晶子の知遇を得ました。その後、晶子に師事して情熱と風刺に満ちた詩を第2期「明星」に寄せ、作家の道を歩み出しました。
 「明星」には『真紅の溜息』『牝鶏の視野』など詩集や散文集、 翻訳などの作品を発表しました。その他の著書に晶子の評伝『君死にたまうことなかれ』などもあり、幅広い活躍をしています。
 また、明治大学でフランス語を習得してパリを中心に外遊6回、滞在すること10数年におよびました。パリでは作家コレットに文学を学び、モイーズにフルートを習います。特にフルートの神秘さには心を打たれ、生涯にわたって愛用したとのことです。
 昭和16年(1941)には、全日本女性詩人協会を結成、戦後は昭和49年(1974)85歳で永眠するまで、ヒューマニズム詩を発表したり、平和運動や女性運動にも尽くすなど行動する詩人を実践しました。

深尾須磨子(1888-1974)